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2013.02.19

賽の目と法師は意のままにならず


去年の大河ですから、ちょっと古いですか。


「神話学によれば国のとるべき道は高い地位にあるもの、たとえばエッダのアセス、女王を従えたシバ、イリヤッドに出てくるポセイドン、ゼウス、ヘイデスなどの投げるサイコロの目で決められたらしい。そして悩みごとや論争に際して、間違いのない予言をするためにサイコロその他の道具を用いたのが賭け事のはじまりなのだろう。マオリ族も含めて多くの未開人たちは犯人を見つけ出すのにサイコロをふった。

(ダレル・ハフ著、国沢清典訳「確率の世界」 講談社 1967年)」


つまりサイコロとは運命を決するための装置。

その歴史はかくのごとく長い。

そして、まったくもって意のままにならぬものなのである。

それにしても、

「犯人を見つけ出すのにサイコロをふった」

って・・・・。


ま、卓上野球ではサイコロの結果で、敗戦の戦犯はできちゃいますけれど。

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