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2005.01.24

マサユキ監督が「男の修業」

苦しいこともあるだろう  
いいたいこともあるだろう
不満なこともあるだろう  
腹の立つこともあるだろう
泣きたいこともあるだろう
これを、じっと堪えるのが「男の修業」である

言わずと知れた、有名な山本五十六元帥のこの言葉。昔はよく、会社の部長の机の上とか、営業所の壁とか、社長室の額の中とかに掲げられていたものであるが、最近はとんと見かけない。(昨今では、相田某のあまりにもあたりまえなことをあたりまえに語る詩を、見かけることが多い。)

この、含蓄ある「男の修業」に今、魅せられているのが、ファイターズのマサユキ監督である。

確かに、事務局長もこういったフレーズが、実は好きである。特に、この「男の修業」には、辛いとき、哀しい時、海に向かってバカやローと叫び夕日に向かって走りたくなる時、人生は理不尽なことばかりだと机をひっくり返したり窓から飛び降りたくなったりした時、何度、励まされたことか。

ファイターズが優勝争いから脱落し、マサユキ監督の心中が偲ばれる。

ついでにお奨めは、水前寺清子の「365歩のマーチ」と坂本九「上を向いて歩こう」
どちらも励まされます。
あとは、小須田部長かな。

頑張れえ~~負けえるなあ~~力の限り、生きてやるううう~~

(ダメだ、おもしろい記事が書けない。実はここ2週間ばかり、ブルーなのだよ、事務局長は)

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2004 ペナントレース」カテゴリの記事

コメント

 修行は、過程・手段であって、それ自体が目的ではないはずだ。いつの日か、報われることがあるのだろうか。

投稿: FOREST | 2005.01.24 12:42 午後

「目的のためには手段を選ばない」
なんと含蓄のある言葉であろうか。
苦境に耐える漢を演じるためには自らの身を屈辱にさらす。
そこからさらに挫折を味わい、無想をまとうのだ!
誤解してはいけない。わが国には過程を味わい評価する伝統があるのだ。
近くはスマトラ地震での援助額競争、少し古くは阪神神戸震災での救助犬入国拒否。
これは間抜けな小役人にできる芸当ではない。
本質を置き去りにし過程を楽しむ、まさに大人の風流と言えよう!
かの名将マサユキでなければこの伝統を楽しめまい。

漢の修行…存分に楽しむがよい…

投稿: 光塩爺 | 2005.01.24 10:43 午後

なるほど。「手段のためには目的を選ばない」

投稿: WOOD | 2005.01.25 02:43 午前

そうでやんすね。年のせいか間違えてしもうた。
…持病の花粉症がぁっ~!!!

投稿: 光塩爺 | 2005.01.25 08:36 午前

男の修行とは
「面白きことも無き世を、面白く」
の境地に達するために行われるのである。
しかし一段の高みに上ったとしても、そこで満足して油断してしまうと、またもとの場所に戻り落ちてしまう。
だから男の修行には果てがないように見えるのである。

投稿: 学士 | 2005.01.26 12:30 午前

「面白きことも無き世を、面白く」

ここのところを、もう少し詳しく、聞きたい。
お願いします。

投稿: 事務局長 | 2005.01.26 12:56 午前

世の中、自分に都合のいい事ばかりではない。
そんな時に『つまらぬ』と口にしても事態は好転しない。
逆境に背を向けたり、逃げたりしてもどうにもならない。
心の上に刃で『忍』。ぐっと堪えて艱難に立ち向かう。
そのうちにわずかずつではあるが、器量が大きくなっていくのだなぁ。
己に力が付けば、出来なかったこと(面白くないこと)も出来るよう(面白きこと)になる。

投稿: 学士 | 2005.01.26 03:03 午前

「面白きことも無き世を、面白く」
ご存知のように、高杉晋作の臨終の句とされている。
一説には、この後にどう続ければよいか晋作が病床で思案しているところ、
そばに居た尼が
「住みなすものは、心なりけり」
と続けたらしい。
台無しである。
面白き無きことを面白くするのは、心のもちようではない。

コップ半分の水は「もう」とも「まだ」とも思おうが半分であることに変わりがない。
思案するヒマがあったら、流しを探して蛇口をひねりなさい。

蛇口をひねれるようになったとき、面白くなれる。

投稿: 学士 | 2005.01.26 03:22 午前

まぁアレよ。元はと云やぁ、
山本五十六閣下が当たり前のことと思って、肝心な事を省いたのが誤解の種なわけだぁね。
しかも閣下は雪国育ちなもんだから、そのイメージでもって、堪えるということが余計にクローズアップされちまったのさ。

やっぱ、人生訓を書くのは南国生まれのカラッとした者でなきゃダメなのかな。坂本さんよ。

投稿: 学士 | 2005.01.26 04:04 午前

なんのなんの。
人生訓なんぞ所詮はネタですよ。
「漢の修行」をタンマリしてれば、多少のことは笑い飛ばせるし、未熟者が語るなら他人のいいネタでしかありませんな。

いかがですか?次は広島で修行なんぞは。
「屈辱」「辛抱」「修行」etc タンマリでたいていのことは笑ってすませるようになりますぜ。

投稿: 光塩爺 | 2005.01.26 10:09 午後

管の修行
官の修行
寒の修行
燗の修行
奸の修行
うーん
肝の修行
かな。やっぱ

投稿: FOREST | 2005.01.27 03:08 午前

ここは、ひとつ

お琴の修行

なんて粋でよろしいんじゃありませんか。

投稿: 学士 | 2005.01.27 08:29 午後

「おこと教室」を「おとこ教室」と見間違えて驚く、あれですね。

投稿: 事務局長 | 2005.01.29 08:24 午後

そう続くと「おこめ券」とか「阿蘇国際女子マラソン」も出てきちゃうよ~

投稿: 光塩爺 | 2005.01.29 11:41 午後

「おこめ券」はなんとなくわかりますが、阿蘇国際女子マラソン」のココロがちょっと・・・・。(浅きものなので教えてください)

投稿: 事務局長 | 2005.01.29 11:59 午後

素直に音読してみてくだされ。
ただしご家族が付近にいないことを確認した上で…

投稿: 光塩爺 | 2005.01.30 12:09 午前

ああ、全部ひらがなで書いて見てもわかるかもしれませんな。
どうも年のせいか忘れっぽくて…

投稿: 光塩爺 | 2005.01.30 12:13 午前

なに? 音子の酒業とな?

投稿: FOREST | 2005.01.31 01:22 午前

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